≪はじめに≫
一昨年の12月に「非財務情報の開示へ向けた取り組みについて」と題してクライアント向けセミナーを開催し、大変多くの方にご視聴いただきました。当該セミナーでは、最近ESGの観点からも目にすることが多い「価値創造ストーリー」と同じく関心が高いと思われる気候関連開示のうち、特にハードルの高いTCFD提言の「シナリオ分析」と「GHG排出量計算」を中心にその取り組みを始めるための基礎的な知識について、説明いたしました。本稿では、当該セミナーにおいて時間の都合上割愛した内容を中心に、引き続き解説します。
≪価値創造ストーリー≫
価値創造ストーリーとは、投資家を始めとするステークホルダーに対して、長期的な視点で事業機会やリスクへの認識・対応を踏まえて、自社の持続的成長を説明するためのストーリーです。統合報告書の中核を構成するものですが、作成するのはかなり難解です。現状の統合報告書において参照事例が多い開示の枠組み(フレームワーク)として、前回の「価値創造プロセス/国際統合報告フレームワーク(IIRC)」に続いて、今回は「価値協創ガイダンス/経済産業省」を取り上げます。
≪価値協創ガイダンス/経済産業省≫
価値協創ガイダンスとは、経済産業省が企業と投資家を繋ぐ共通言語の質を高めることを目的に、2017年に公表した企業が独自の価値創造ストーリーを構築するためのフレームワークです。この価値協創ガイダンスは、昨年8月にSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)の実現に向けた経営の強化、より効果的な情報開示や建設的な対話を促進するために、「価値協創ガイダンス2.0」としてアップデートされました。
今回の改訂の主なポイントとして、以下の5つが挙げられています。
・ガイダンスの全ての項目において、持続可能な社会の実現に向けて、企業が長期的かつ持続的に価値を提供することの重要性とそれを踏まえた対応の方向性を明記。
・長期的かつ持続的な企業価値の向上に向けて、長期の時間軸での経営・事業変革を行っていくことの重要性を強調するため「長期ビジョン」、「ビジネスモデル」及び「リスクと機会」の3つの項目から構成される「長期戦略」を大項目として新設。
・TCFD提言以来定着しつつある「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」及び「指標と目標」という開示構造との整合性を確保。
・「実行戦略(中期経営戦略など)」において、人的資本への投資や人材戦略の重要性をより強調する構成へと組み直し。
・企業と投資家が建設的・実質的な対話を通じ、価値創造ストーリー全体を磨き上げて協創することの重要性をより明確化するため、「実質的な対話・エンゲージメント」の項目を新設。
出所:価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス2.0 (2022年8月30日改訂)/経済産業省
価値協創ガイダンス2.0は上図のとおり、「価値観」、「長期戦略」、「実行戦略(中期経営戦略など)」、「成果と重要な成果指標(KPI)」、「ガバナンス」及び「実質的な対話・エンゲージメント」という6つの項目を通じて、企業の価値創造ストーリーを体系的・統合的に整理するプロセスです。
≪価値観≫
「価値観」とは、社会課題に対して企業及び社員一人一人が取るべき行動の判断軸、判断の拠り所となるものです。企業は自社固有の価値観を示すとともに、どのような社会課題を自社の長期的かつ持続的な価値創造の中で解決すべき重要課題として捉えるのかを特定することが重要であるとされています。
≪長期戦略≫
「長期戦略」は、自社の価値観に基づき長期的な社会全体の動向を見定める「長期ビジョン」の策定、その実現の柱となる「ビジネスモデル」の構築・変革、そして視野に入れるべき「リスクと機会」の分析を統合的に行うことによって構築できるとされています。産業構造や事業環境の変化に対応した長期的かつ持続的な価値創造のあり方を示すべく、リスクと機会の把握・分析のうえに、自社が目指す姿たる長期ビジョンや価値創造の設計図たるビジネスモデルからなる長期戦略を、価値観・重要課題と統合的に構築することが望ましいとされています。
≪実行戦略(中期経営戦略など)≫
「実行戦略」は、自社が有する経営資源やステークホルダーとの関係を維持・強化し、長期戦略を具体化・実現するため、足下及び中長期的に取り組む戦略であり中期経営戦略などが該当します。企業は足下の財政状態・経営成績の分析・評価や、長期的なリスクと機会の分析を踏まえ、長期戦略の具体化に向けた戦略を策定・実行することが求められます。
≪成果と重要な成果指標(KPI)≫
「成果と重要な成果指標」は、価値観を踏まえた長期戦略や実行戦略によって、これまでどのぐらい社会に価値を創出してきたか、それを経営者がどのように分析・評価しているかを示す指標です。KPI による長期戦略等の進捗管理・成果評価を通じ、長期戦略等の精緻化・高度化・必要に応じた見直しを行うことが重要になります。
≪ガバナンス≫
「ガバナンス」は、長期戦略や実行戦略の策定・推進・検証を着実に行い、長期的かつ持続的に企業価値を高める方向に組織を規律付ける仕組みや機能です。長期戦略等の企業行動を規律するガバナンスの仕組みを、実効的かつ持続可能なものとなるように整備することが求められます。
≪実質的な対話・エンゲージメント≫
「実質的な対話・エンゲージメント」は、企業の価値創造ストーリーの全体像と各構成要素について、企業と投資家が双方向的な対話を行うことで、それらの内容を磨き上げていく共同作業となります。企業と投資家が実質的な対話・エンゲージメントを深めながら、長期的かつ持続的な企業価値を協創していくことが重要であるとされています。
価値協創ガイダンスは、前回の価値創造プロセスと同様に多くの企業が統合報告書の作成に際して参照しています。いざ作成しようとすると難解な価値創造ストーリーですが、まだ未作成の場合はこれらの理解・整理しやすいフレームワークを基礎としたうえで、各項目を形式的・固定的にとらえることなく、自社独自の価値創造ストーリーの作成に取り組むことも一案であると思います。
出所:価値協創のための統合的開示・ 対話ガイダンス(2017年5月29日策定) /経済産業省