Staff Accounting Bulletin No.121:暗号資産の保全義務について

概要 
 2022年3月31日、米国SEC(米国証券取引委員会)はStaff Accounting Bulletin No.121(以下、SAB121)を発行し、別の当事者のために暗号資産を保全する企業の義務に関する会計処理についてSECスタッフの見解を示しました。暗号資産の保全には、技術的リスク、法的リスク、規制リスクなど、固有のリスクと不確実性が存在します。SECスタッフの見解において、SAB121の目的は、「これらのリスクについて、投資家や財務諸表の他の利用者が受け取る情報を強化し、それによって投資やその他の資本配分の意思決定を支援すること」と述べられています。

 本稿では、SAB121の適用範囲、認識、測定、開示及び適用に関する重要な検討事項、ならびにSAB121に関連する財務報告に係る内部統制(ICFR)に関する検討事項について整理します。

 また、AICPA(米国公認会計士協会)は、AICPA Practice Aid, Accounting for and auditing of digital assets (以下、AICPA Practice Aid)を更新し、SECスタッフとの最近の議論に基づくSAB121の適用に関するQ&A形式を含むAppendix Bを追加しています。企業がSAB121を適用する際には、当該Appendix Bの情報を考慮することが強く推奨されます。

スコープ 
 SAB121は、暗号資産(注1)を“暗号技術を用いた分散型台帳またはブロックチェーン技術を用いて発行及び/または移転されるデジタル資産”と定義しています。この暗号資産の定義は広範であり、互換性があり交換媒体として使用される暗号通貨(例えば、ビットコイン、イーサ)に限定されるものではありません。むしろ、この定義のもとでは暗号資産には、ブロックチェーン上に存在するステーブルコインや非代替性トークンも含まれ得ます。

 SAB121は、米国会計基準または国際財務報告基準に基づいてSECに財務情報を提出し、暗号資産の保全義務を負うすべての企業に適用されます。しかし、AIPCA Practice AidのQ&A 4で議論されているように、企業が暗号資産を支配しているため、貸借対照表で認識している場合、その企業はその暗号資産にSAB121を適用しません。


 SECに財務情報を提出する企業は以下の通りです。
▶ 1934年証券取引所法(Exchange Act)第13条(a)または第15条(d)に基づく報告書、及びレギュレーションAのルール257(b)に基づく定期報告書及び現行報告書を提出する企業(SEC Filers)。

▶ 1933年証券法または証券取引法に基づく登録届出書を提出したが、届出書の効力がまだ生じていない企業。

▶ レギュレーションAに基づくオファリングステートメントまたはポスト・クオリフィケーション・アメンドメントを提出、ファイリング中の企業。

▶ レギュレーションS-Xのルール3-09及び3-05に従って財務諸表をSECに提出する企業。

▶ 特別目的買収会社など、シェルカンパニーの関与する企業結合に関連して、SECへの提出書類に財務諸表が含まれる非公開企業。

 SAB121は企業が暗号資産に対する保全義務を負うかどうかを判断する方法については述べていません。SAB121にはプラットフォーム利用者のために保有する暗号資産を保全する企業の例が記載されており、当該企業の保全活動はSAB121の適用範囲に含まれると結論付けています。しかし、AICPA Practice AidのAppendix BのQ&A 3で述べられているように、SAB121の適用範囲に入るために、企業はプラットフォームを運営する必要はありません。さらに、他の企業の代理人として行動している企業は、SAB121を適用する必要がある場合があります。このような場合、アレンジメントの中に複数の企業が存在し、それぞれがSAB121を適用しなければならない場合があるかもしれません。


 暗号資産の保全に関する暗黙の約束や責任の認識は、暗号資産の保全に関する企業のリスクを制限することを意図した契約における明示的な条項を上書きする場合があります。例えば、暗号資産のカストディーサービスの契約には、ユーザーが詐欺や盗難の被害者となり、暗号資産が失われた場合、カストディアンの責任を制限または免責する明確な条項が含まれる場合があります。しかし、それでも、このような条項の執行可能性に関する判例がないこと、また、カストディアンが保全義務者であり、したがって損失に対して責任があると利用者が認識していることを理由に、このようなリスクを緩和または軽減することを意図した契約書の明示的な条項が含まれているにもかかわらず、カストディアンは保全リスクにさらされる可能性があります(したがって、保全義務を負う可能性があります)。
 企業がSAB121に基づく保全義務を負うかどうかの判断は、事実と状況によって異なり、重要な判断を要する場合があります。AICPA Practice AidのAppendix BのQ&A 7にはこの判断において考慮すべき要因のリスト(ただし網羅的ではありません)が含まれています。企業の事実と状況及びQ&A 7の要因を考慮してもなお、SAB121が適用されるかどうかが不確実な場合は、会計または法律のアドバイザーに相談することを検討する必要があるでしょう。

認識と測定 
 SAB121では、企業が暗号資産の保全義務を負う場合、企業はその保全義務について貸借対照表に負債を認識します。また、ASC805「企業結合」の補償資産と同様の対応する資産も認識します。このセーフガード資産及び負債は、暗号資産の公正価値で当初測定されます。セーフガード資産及び負債の公正価値の変動は、損益計算書の同じ項目で計上することができます。セーフガード資産及び負債の公正価値の変動が、同じ報告期間において同じ金額で認識される場合、損益計算書への影響はなく、これはセーフガード損失がない場合と同じです。

 しかし、セーフガード損失が発生した場合、企業は対応する負債の変動を認識せずにセーフガード資産の損失を認識するため、その差額を営業利益として純損益に計上することになります。例えば、当初、保全された暗号資産の公正価値が300,000ドルであったが、あるユーザーのウォレットが「ハッキング」され、セーフガード暗号資産の1%(つまり3,000ドル)その暗号資産が盗まれたとします。その場合、セーフガード資産は3,000ドル減少し、営業利益において損失として認識されます。保全されている暗号資産の公正価値は変わらず300,000ドルのままとすると、セーフガード資産の残高は297,000ドルとなり、セーフガード負債の残高は300,000ドルのままとなります。

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(注1)SAB121における「暗号資産」の定義は、以下の団体で使用されている定義と異なっています。米国公認会計士協会(American Institute of Certified Public Accountants)、Financial Accounting Standards Board及びInternal Revenue Service。各機関の定義については、下記ページを参照ください。 
https://www.aicpa-cima.com/resources/download/accounting-for-and-auditing-of-digital-assets-practice-aid-pdf 
https://www.fasb.org/Page/ProjectPage?metadata=fasb-Accounting-for-and-Disclosure-of-Crypto-Assets 
https://www.irs.gov/pub/irs-drop/n-14-21.pdf

 

認識と測定 
 SAB121は、暗号資産の保全には損失リスクを含む重大なリスクと不確実性が伴うため、財務諸表の注記に含めるべき開示について、SECスタッフの見解を示しています。最低限の開示項目は以下の通りです。

▶ 企業が保全している暗号資産の性質及び金額(個別に重要な暗号資産ごとの開示)

▶ 保全活動が集中することによる脆弱性

▶ セーフガード資産及び負債について、ASC820「公正価値測定」に基づき要求される公正価値の開示

▶ セーフガード資産及び負債の会計処理

▶ 暗号資産の記録管理、暗号資産にアクセスするための暗号鍵の保持、及び暗号資産の損失や盗難からの保護に責任を負う者に関する情報

 さらに、SECスタッフは、企業が財務諸表以外の開示(例えば、MD&A)を含めることを検討する必要があるかもしれないと指摘しています。これらの開示の例については、SAB121の質問2に対する解釈応答を参照して下さい。


適用
 SAB121は、SEC Filersに対して、2022年6月15日以降に終了する最初の期中報告または年次報告から適用され、当該期中及び年次期間が関連する会計年度の期首から遡及適用となります。12月決算会社の場合、2022年6月30日に終了する期間の中間財務諸表から適用され、2022年1月1日から遡及適用されます。
その他の企業(注2)については、SAB121は、SECへの次の提出またはファイリングから開始する企業の財務諸表に適用され、次のように遡及適用されます。


財務報告に係る内部統制
 SAB121を採用する企業は、財務諸表で数字を正しく表示することに注力しなければなりませんが、その要求事項を遵守するために必要な内部統制を見過ごすべきではありません。暗号資産の性質や管理方法に関する複雑性を考慮すると、財務報告に係る内部統制の監査を受けない非公開企業であっても、セーフガード資産及び負債の認識及び測定、並びに要求される開示に使用する情報に対する適切な統制を維持することは重要です。経営陣が使用する会計システムや基礎となるスプレッドシートにかかわらず、セーフガード資産や義務の網羅性や実在性、基礎となるデータの正確性、暗号資産の評価について有効な内部統制がない場合、財務諸表(及び事業)に対するリスクは軽減されない可能性があります。

 各企業は、固有のリスクを評価し、それらのリスクに対処するために効果的な内部統制を設計し、実施しなければなりません。この評価には、サービスプロバイダー及びサブサービスプロバイダー(例えば、サブカストディアン)の統制の設計及び運用の有効性を評価することが含まれる場合があります。さらに、経営者は、保全すべき預かり資産を、企業自身の資産と混在するパブリックアドレスに保管するかどうかを含め、検討すべきであり、パブリックに保管等する場合は、それに伴うリスクの増大に対処するための統制を設計します。

 関連する統制の例として以下のものがあります。

▶ 新たなリスクを識別し対応するためのリスクアセスメントに関する組織レベルの統制(Committee of Sponsoring Organizations Principle 9)

▶ 適用すべき適切な認識、測定、表示及び開示ガイダンスに関する会計方針の検討に対するIT及びビジネスプロセスの統制。

▶ 秘密鍵の保護と管理

▶ ブロックチェーンと内部帳簿及び記録との間の、保有する預かり暗号資産(分別保管または混在したパブリックアドレス)の追跡と照合

▶ 暗号資産の購入と売却の適時性を含む、顧客の資金フローの追跡

▶ セーフガード資産及び保全義務の測定(原資産である暗号資産の公正価値の決定)

▶ セーフガード損失のタイムリーな識別と測定

▶ 適切な情報開示の提供

▶ 関連するサブサービスプロバイダーを含むサービス組織の管理、及び関連する補完的なユーザー企業の管理 - 詳細は、AU-Cセクション402「企業によるサービス組織の使用に関する監査の検討」を参照のこと。

 SAB121のガイダンスをうまく適用するためには、企業の内部統制に対する経営陣の監督、利害関係者のトレーニング及びコミュニケーションが重要です。これらの責任の一環として、経営者及びガバナンスを担う者(監査委員会など)は、SAB121に準拠するための計画を理解し、企業の統制がこれらの固有のリスクに適切に対処していることを確認する必要があります。
 

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(注2)1933年証券法または取引所法に基づく登録届出書を提出またはファイリングしたが届出書の効力がまだ生じていない、あるいはレギュレーションAに基づく募集要項または資格取得後修正案の提出またはファイリング手続き中である企業、及び特別目的買収会社を含むシェルカンパニーを含む企業結合に関連してSECへの提出書類に財務諸表が含まれる非公開企業が含まれます。

参考文献:BDO Insight, Staff Accounting Bulletin No.121: Safeguarding Crypto Assets, February 15,2023