「時価の算定に関する会計基準の適用指針」の改正について

Ⅰ.はじめに 
 企業会計基準委員会(ASBJ)は、2021 年6月 17 日に、改正企業会計基準適用指針第 31 号「時価の算定に関する会計基準の適用指針」(以下「本適用指針」という。)を公表した。
本稿では、本適用指針の概要についてご紹介したい。なお、本稿の意見に関する部分については筆者の私見であり、法人の見解ではないことをあらかじめ申し添える。

Ⅱ.本適用指針の公表の経緯 
 ASBJ は、2019 年7月4日に、金融商品の時価に関するガイダンス及び開示に関して、国際的な会計基準との整合性を図る取組みとして、企業会計基準第 30 号「時価の算定に関する会計基準」(以下「時価算定会計基準」という。)及び企業会計基準適用指針第 31 号「時価の算定に関する会計基準の適用指針」(以下「2019 年適用指針」という。)等を公表した。
 日本公認会計士協会における 2019 年7月4日の改正の直前の金融商品実務指針第 62 項の取扱いでは、投資信託の時価は、取引所の終値は気配値又は業界団体が公表する基準価格が存在する場合には当該価格とし、当該価格が存在しない場合には投資信託委託会社が公表する基準価格、ブローカーから入手する評価価格又は情報ベンダーから入手する評価価格とすることとされていた。2019 年適用指針においては、投資信託の時価の算定に関する検討には、関係者との協議等に一定の期間が必要と考えられるため、時価算定会計基準公表後概ね1年をかけて検討を行うこととし、その後、投資信託に関する取扱いを改正する際に、当該改正に関する適用時期を定めることとしていた。
 また、貸借対照表に持分相当額を純額で計上する組合等への出資(日本公認会計士協会 会計制度委員会報告第 14 号「金融商品会計に関する実務指針」第 132 項及び第 308 項) については、時価を把握することが極めて困難と認められることを理由に時価の注記を行っていないケースが従来みられているが、2019 年適用指針においては、一定の検討を要するため、上記の投資信託に関する取扱いを改正する際に取扱いを明らかにすることとしていた。
 上記の経緯を踏まえ、ASBJ において審議が行われ、2021 年1月 18 日に公開草案を公表し、広くコメント募集を行った後、寄せられたコメントを検討し、本適用指針を公表するに至ったものである。

Ⅲ.本適用指針の概要 
 本適用指針では、「Ⅲ.時価の算定 3.その他の取扱い」に項目を追加する形で(投資信託の時価の算定に関する取扱い)及び(貸借対照表に持分相当額を純額で計上する組合等への出資の時価の注記に関する取扱い)が新設された。

 投資信託の時価の算定に関しては、投資信託財産が時価算定会計基準の対象に含まれる金融商品である投資信託及び投資信託財産が時価算定会計基準の対象に含まれない不動産である投資信託に区分した上で取扱いを定めている。

1.投資信託の時価の算定に関する取扱い
 ① 投資信託財産が金融商品である投資信託の取扱い
ⅰ.時価の算定について
 時価算定会計基準第5項に定める時価の定義により、金融商品取引所(それに類する外国の法令に基づき設立されたものを含む。)に上場しており、その市場が主要な市場となる投資信託で、その市場における取引価格が存在する場合、当該価格が時価になると考えられる。なお、ここでの「市場における取引価格」は当該金融商品取引所における取引価格を意図しており、仮に相対市場における取引価格が存在する場合でも、「市場における取引価格」には該当しない。
 また、市場における取引価格が存在せず、一般に基準価額による解約等が主要な清算手段となっている投資信託については、投資信託の購入及び解約等の際の基準となる基準価額を出口価格として取扱うことができると考え、投資信託について、市場における取引価格が存在せず、かつ、解約等に関して市場参加者からリスクの対価を求められるほどの重要な制限がない場合、基準価額も時価となることが示された(本適用指針第 24-2 項参照)。
一方、市場における取引価格が存在せず、かつ、解約等に関して市場参加者からリスクの対価を求められるほどの重要な制限がある場合は、本適用指針第4項 (1) に定める時価を算定する際に考慮する資産の特性に該当し、投資信託財産の評価額の合計額を投資信託の総口数で割った一口当たりの価額である基準価額が時価となるわけではなく、基準価額を基礎として時価を算定する場合には何らかの調整が必要になるものと考えられる。ここで、基準価額に対して調整を行うことを(必須として)求めた場合、投資信託が業種を問わず広く保有されていることを踏まえると、その影響も広範囲にわたることが予想され、実務的な対応に困難を伴うことが想定される。そのため、投資信託財産が金融商品である投資信託の解約等に関して市場参加者からリスクの対価を求められるほどの重要な制限がある場合、一定の要件に該当するときは、基準価額を時価とみなすことができるとされた(本適用指針第 24-3 項参照)。当該要件は下記のとおりである。
・当該投資信託の財務諸表が国際財務報告基準(IFRS)又は米国会計基準に従い作成されている場合
・当該投資信託の財務諸表が IFRS 及び米国会計基準以外の会計基準に従い作成され、当該会計基準における時価の算定に関する定めが IFRS 第 13 号「公正価値測定」又は Accounting Standards Codification(米国財務会計基準審議会(FASB)による会計基準のコード化体系)の Topic 820「公正価値測定」と概ね同等であると判断される場合
・当該投資信託の投資信託財産について、一般社団法人投資信託協会が定める「投資信託財産の評価及び計理等に関する規則」に従い評価が行われている場合

ⅱ.開示について 
 本適用指針第 24-3 項の取扱いを適用した(つまり、基準価格を時価とみなす取扱いを適用した)投資信託については、企業会計基準適用指針第 19 号「金融商品の時価等の開示に関する適用指針」(以下「金融商品時価開示適用指針」という。)第4項に定める事項を他の金融商品と合わせて注記した上で、当該投資信託の貸借対照表計上額の合計額が重要性に乏しい場合を除き、本適用指針第 24-3 項の取扱いを適用した投資信託が含まれている旨を併せて注記する。また、金融商品時価開示適用指針第 5-2 項に定める事項を注記しないこととし、その場合、他の金融商品における金融商品時価開示適用指針第 5-2 項 (1) の注記に併せて、次の事項を注記する。なお、連結財務諸表において注記している場合には、個別財務諸表において記載することを要しない。
(1)    本適用指針第 24-3 項の取扱いを適用しており、金融商品時価開示適用指針第 5-2 項に定める事項を注記していない旨
(2)    本適用指針第 24-3 項の取扱いを適用した投資信託の貸借対照表計上額の合計額
(3)    (2) の合計額が重要性に乏しい場合を除き、(2) の期首残高から期末残高への調整表
(4)    (2) の合計額が重要性に乏しい場合を除き、(2) の時価の算定日における解約等に関する制限の内容ごとの内訳

投資信託財産が不動産である投資信託の取扱い
ⅰ.貸借対照表価額について
 市場価格のない投資信託財産が不動産である投資信託については、投資信託財産が不動産である投資信託に関する特段の定めがないことに起因し、実務上、会計処理に多様性が生じており、時価をもって貸借対照表価額としているケース、時価を把握することが極めて困難と認められることを理由に取得原価をもって貸借対照表価額としているケースが識別されている。
 ここで、時価算定会計基準において時価のレベルに関する概念を取り入れ、たとえ観察可能なインプットを入手できない場合であっても、入手できる最良の情報に基づく観察できないインプットを用いて時価を算定することとしているため、このような時価の考え方の下では、時価を把握することが極めて困難と認められる有価証券は想定されないとしており(金融商品会計基準第 81-2 項)、たとえ何らかの方式により価額の算定が可能としても、それを時価とはしないとする市場価格のない株式等を除き、時価をもって貸借対照表価額とすることとしている。また、投資信託財産が不動産である投資信託であったとしても、投資信託財産が金融商品である投資信託と同様に通常は金融投資目的で保有される金融資産であると考えられ、時価をもって貸借対照表価額とすることは、財務諸表利用者に対する有 用な財務情報の提供につながるものと考えられる。これらを踏まえ、市場価格のない投資信託財産が不動産である投資信託について、一律に時価をもって貸借対照表価額とすることで会計処理を統一することとされた。

ⅱ.時価の算定について
 投資信託財産が金融商品である投資信託の取扱いと同様、市場における取引価格が存在する場合、当該価格が時価になると考えられる。
 市場における取引価格が存在せず、かつ、解約等に関して市場参加者からリスクの対価を求められるほどの重要な制限がない場合、基準価額も時価となることが示された(本適用指針第 24-8 項参照)。
 また、市場における取引価格が存在せず、かつ、解約等に関して市場参加者からリスクの対価を求められるほどの重要な制限がある場合は、基準価額に何らかの調整が必要になるものと考えられるが、投資信託財産が金融商品である投資信託の取扱いと同様、基準価額を時価とみなすことができるとされた(本適用指針第 24-9 項参照)。その際、基準価額は時価の算定日に算定されるものを使用することが原則と考えられるが、投資信託財産が不動産である投資信託は、基準価額の算定頻度が低く、時価の算定日における基準価額がない場合が考えられる。この場合、たとえ時価の算定日と基準価額の算定日との間の期間が短いとは言えないとしても、取得原価より直近の基準価額の方が有用な情報と考えられるため、投資信託財産が不動産である投資信託については、時価の算定日における基準価額がない場合は、入手し得る直近の基準価額を使用することとされた。また、投資信託財産である不動産については、時価の算定が時価算定会計基準の対象に含まれないことから、当該投資信託を構成する個々の投資信託財産の評価について時価算定会計基準と整合する評価基準が用いられている等の要件は設けないこととされた。
投資信託財産が金融商品である投資信託と同様に、本適用指針第 24-8 項の取扱いを適用する場合、それを適用するための要件を満たすことをもって、第三者から入手した相場価格が時価算定会計基準に従って算定されたものであると判断することができることとされた。また、基準価額を時価として用いる場合には、当該基準価額の適切性を確認することになるが、本適用指針第 24-9 項の取扱いを適用する場合、投資信託財産である不動産の時価の算定が時価算定会計基準の対象に含まれないことから、投資信託財産の評価が時価算定会計基準に基づいているか否かを確認することにより、基準価額が時価算定会計基準に従って算定されたものであるか否かを判断することが困難であることが考えられる。したがって、そのような手続までは求めないこととされた(本適用指針第 24-11 項参照)。

ⅲ.開示について
 本適用指針第 24-9 項の取扱いを適用した(つまり、基準価格を時価とみなす取扱いを適用した)投資信託については、金融商品時価開示適用指針第4項に定める事項を他の金融商品と合わせて注記した上で、当該投資信託の貸借対照表計上額の合計額が重要性に乏しい場合を除き、本適用指針第 24-9 項の取扱いを適用した投資信託が含まれている旨を併せて注記する。また、金融商品時価開示適用指針第 5-2 項に定める事項を注記しないこととし、その場合、他の金融商品における金融商品時価開示適用指針第 5-2 項 (1) の注記に併せて、次の事項を注記する。なお、連結財務諸表において注記している場合には、個別財務諸表において記載することを要しない。
(1)    本適用指針第 24-9 項の取扱いを適用しており、金融商品時価開示適用指針第 5-2 項に定める事項を注記していない旨
(2)    本適用指針第 24-9 項の取扱いを適用した投資信託の貸借対照表計上額の合計額
(3)    (2) の合計額が重要性に乏しい場合を除き、(2) の期首残高から期末残高への調整表

 なお、投資信託財産である不動産については、時価の算定が時価算定会計基準の対象に含まれないことから、解約等に関する制限の内容の注記を求めたとしても、時価算定会計基準との差異を理解するための有用な情報にはならないと考えられる。したがって、解約等に関する制限の内容の注記は求めないこととされた。

投資信託財産が金融商品である投資信託及び投資信託財産が不動産である投資信託の共通の取扱い
ⅰ.投資信託財産が金融商品と不動産の両方を含む場合
投資信託財産が金融商品と不動産の両方を含む場合、投資信託財産が金融商品である投資信託又は投資信託財産が不動産である投資信託のどちらの取扱いを適用するか、企業が実態に合わせて判断することが必要となるため、投資信託財産に含まれる主要な資産等によって判断することとされた(本適用指針第 24-13 項参照)。

ⅱ.投資信託財産が不動産の信託に係る受益権である場合
信託財産たる不動産そのものが投資信託財産であるのと同様に取扱う(本適用指針第 24-14 項参照)。

ⅲ.信託財産留保額の取扱い
  投資信託の解約等を行う際に、基準価額から所定の信託財産留保額を控除することが定められている場合がある。信託財産留保額は、投資信託における将来に発生することが見込まれる取引又は管理等にかかる費用に充当するために、投資信託財産内に留保されることとされている。このような性格を踏まえ、本適用指針第4項 (5) に定める売却に要する付随費用と考えられるため、投資信託の時価の算定上の調整項目に含めないこととされた(本適用指針第 24-15 項参照)。

2.貸借対照表に持分相当額を純額で計上する組合等への出資の時価の注記に関する取扱い
 組合等への出資は金融資産であるため、金融商品会計基準では、従来から金融商品時価開示適用指針第4項 (1) に定める時価の注記を求めているが、時価を把握することが極めて困難と認められることを理由に時価の注記を行っていないケースもみられた。ここで、組合等への出資の会計処理については、有価証券とは異なり時価をもって貸借対照表価額とすることは求めておらず、次のいずれかの方法により会計処理することとされている(金融商品実務指針第 308 項)。
(1)    貸借対照表及び損益計算書双方について持分相当額をで取り込む方法
(2)    貸借対照表について持分相当額を純額で、損益計算書については損益項目の持分相当額を計上する方法
(3)    組合財産のうち持分割合に相当する部分を出資者の資産及び負債として貸借対照表に計上し、損益計算書についても同様に処理する方法

 現状ではこれらの会計処理の使い分けの状況は必ずしも明らかではない可能性があるため、どのようなケースで時価の注記を求めるかについては、どのようなケースで時価をもって貸借対照表価額とすることが必要であるかと併せて検討する必要があると考えられる。したがって、会計処理について今後の検討課題であることを認識した上で、本適用指針においては、貸借対照表に持分相当額を純額で計上する組合等への出資について、時価の注記を要しないこととされた(本適用指針第 24-16 項参照)。

Ⅳ.適用時期等
1.適用時期
 2022 年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用するとされている。但し、2021 年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から、また、2022 年3月 31 日以後終了する連結会計年度及び事業年度における年度末から早期適用することができる。

2.経過措置
 適用初年度においては、新たな会計方針(時価を新たに算定する場合や取得原価をもって貸借対照表価額としていたものから時価をもって貸借対照表価額とする場合など)を将来にわたって適用する。この場合、その変更の内容について注記する。

Ⅴ.終わり
 本適用指針の改正は、金融機関のみならず、投資信託を保有する幅広い企業に影響を及ぼす可能性があり、留意が必要である。
 また、組合等への出資の会計処理については今後の検討課題であるとされており、今後の動向についても注視したいところである。