非財務情報の開示へ向けた取り組みについて(第1回)

 昨年12月に「非財務情報の開示へ向けた取り組みについて」と題してクライアント向けセミナーを開催し、大変多くの方にご視聴いただきました。当該セミナーでは、最近ESG の観点からも目にすることが多い「価値創造ストーリー」と同じく関心が高いと思われる気候関連開示のうち、特にハードルの高いTCFD提言の「シナリオ分析」と「GHG排出量計算」を中心にその取り組みを始めるための基礎的な知識について、ご説明いたしました。本稿では、当該セミナーにおいて時間の都合上割愛した内容を中心に解説いたします。

〈非財務情報とは〉
 まず、非財務情報とは何か。簡単に言えば貸借対照表や損益計算書等の財務情報以外の情報のことを言い、「コーポレートガバナンス・コード」や「記述情報の開示に関する原則」において以下のように定義付けされています。
「・・・会社の財政状態、経営戦略、リスク、ガバナンスや社会・環境問題に関する事項(いわゆるESG要素)などについて説明等を行ういわゆる非財務情報」(東証「コーポレー トガバンス・コード」(2021年6月改訂)基本原則3の「考え方」参照)
 また、金融庁は有価証券報告書等の法定開示書類の中で提供される非財務情報を記述情報とし、次のように定義しています。「記述情報は、一般に、法定開示書類において提供される情報のうち、金融商品取引法第193条の2が規定する財務計算に関する書類において提供される財務情報以外の情報を指す。」(金融庁「記述情報の開示に関する原則」(2019年公表)参照)

〈主な内容〉
 非財務情報の主な内容は、企業理念、ビジネスモデル、事業機会とリスク、戦略と資源配分、ガバナンス体制、環境・社会課題等のサステナビリティ課題への取り組みなど広範囲に及び、投資家・ステークホルダーとの双方向的な対話のベースとなる情報となります。

〈特徴〉
 大きな特徴としては、その大部分が定性的情報、すなわち文章である点が挙げられます。ただし、単なる文章ではなく事業の進展に伴い将来的には定量的情報(財務情報)へ影響する情報となります。また、数値化が必要な情報(非財務数値)も含まれ、その中には算出が容易でない項目も多いという特徴があります。

〈国内の開示状況〉
 国内における現状の開示状況は、積極的に開示している企業とそうでない企業に大きく二分されているのが実情で、グローバルに事業展開している企業や機関投資家からの要請を強く受けている一部の大企業を中心に進んでいます。

〈開示の必要性〉
 ESGやSDGsを始めとする、近年の社会の持続可能性(サステナビリティ)への懸念が背景にあります。
 経済活動が発展していくなか、従来の利益追求型の企業活動では短期的に利益を上げることは出来ても、環境、社会及びガバナンス等の面で悪影響が生じれば、中長期的な「持続可能性(サステナビリティ)」に懸念が生じてしまいます。企業には、事業活動を通じた社会課題の解決とその開示が求められるようになり、非財務領域の活動が企業の評価に大きく影響を与える時代になっており、そのキーワードとなるのが、「非財務情報」だとされています。
 そのため企業には、「今まで見せていた情報(財務情報)」のみならず、これまで「見せていなかった情報」、場合によっては「企業自身が見てこなかった情報」にまで踏み込み、積極的な非財務情報の開示が求められる時代になってきたと言えます。

〈ESGとは〉
 ちなみにESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字をとって作られた言葉ですが、この3つの要素を考慮した企業投資をESG投資と呼びます。
 主な構成要素は以下のとおりですが、現状、ESGについての標準的な定義は存在せず乱立しています。また、評価指標についても各評価機関の独自判断となっています。

環  境(E):

気候変動(GHG排出量等)、生物多様性、資源保全と効率(再生可能エネルギー等)、水の安全など

社  会(S):

ダイバーシティ(多様性)、労働安全衛生、雇用確保、サプライチェーンにおける人権に関する取組など

ガバナンス(G):‌

コーポレートガバナンス、行動規範、リスク管理、財務安定性など

 

〈ESGが重要視される背景〉
 2006年に国連が「責任投資原則」(PRI/Principles for Responsible Investment)を公表し、持続可能な社会の実現に向けて、機関投資家の意思決定プロセスにおいてESG課題を考慮して投資判断を行うことを提唱しました。法的拘束力のない任意の原則であり、当初は68の機関投資家からスタートしましたが、現在では約5,000社、日本でも約120社の機関投資家がPRIに署名しています。
 日本においては、2015年のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のPRIへの署名が大きな転機となりました。署名後GPIFは「投資原則」を一部変更し、ESG要素を考慮した投資を推進することを表明するとともに、資金運用におけるESG指数(インデックス)を採用しました。
 世界持続的投資連合(GSIA)は、2021年7月に2020年の世界主要5地域におけるESG投資額は35.3兆ドル(2018年比15%増)、全運用資産に占める割合は35.9%だったと発表しました(日本32%増の2.9兆ドル)。世界的な伸び率で言えばやや鈍化しているように見えますが、これはEUが基準の見直しを行い実態の伴わない投資を排除した影響であり、確実に増加しています。
 また、この責任投資原則(PRI)の考え方は、機関投資家以外の金融サービスにも拡大しており、2019年に国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP・FI)が「責任銀行原則」(PRB/Principles for Responsible Banking)を提唱し、世界約50ヶ国から250を超える企業・銀行が加盟しており、運用資産総額は世界の銀行全体の40%超を占めています。日本においても全国銀行協会(全銀協)が、SDGsやESGの重要性を踏まえ2018年3月に「行動憲章」を改訂し、環境、人権問題等の社会課題、ガバナンス強化に関する内容を加えESG の視点を強化しています。
 同じくUNEP・FIは、損害保険企業向けに「持続可能な保険原則」(PSI/Principles for Sustainable Insurance)を作成し、ESGに配慮した商品開発やサービス提供を提唱しています。140を超える保険会社が署名し、世界の保険料額の25%以上、運用資産総額は14兆ドルにまで及んでいます。
 社会や環境の持続性を考慮せず、これに積極的に取り組まないビジネスは、金融業界から長期的に持続性に欠けると判断され、投資や融資などの対象から除外される可能性も考えられ、間接金融の観点からも無視出来ない指標になってきていると言えます。

〈ESG格付機関〉
 統一された評価基準は存在せず各機関の一存で変更可能ではありますが、ESGについても格付機関があります。代表的な機関としては海外が主流となっており、GPIFが採用しているMSCI(米)、FTSE(英)、S&P(英)などが挙げられます。
 また、日本では大手の出版社等が「CSR」、「ESG」に優れた企業ランキングを発表しています。インデックスに直接影響する訳ではありませんが、就活生なども参考にする情報の一つとも言われており、また、評価項目一覧等を公開している事例もあるので参考になると思われます。

〈SDGs〉
 SDGsとはSustainable Development Goalsの略であり、持続可能な開発目標とされています。2015年9月の国連サミットにおいて全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030年アジェンダ」に記載されている国際目標です。
 地球上に存在する人の全て、誰一人も取り残さない(leave no one behind)ことを誓うもので、2001年に策定されたMDGs(ミレニアム開発目標)の後継として、17の目標、169のターゲット、232の指標から構成されています。
 背景には、地球の資源を惜しみなく使うことを前提とした経済・社会の発展は、近い将来に限界が訪れるという危機感があります。
 ちなみにSDGsには2種類のロゴと17種のアイコンがありますが、それぞれ使い方が定められており、事前許可が必要な場合もあるので注意が必要です。

〈企業がSDGsに取り組む理由〉
 SDGsは開発目標であり、拘束力のない行動指針に過ぎません。そのため民間の企業にとって、SDGsに取り組むことは全くの任意であり、何の義務もありません。
 では何故取り組むのか?それは持続可能な社会への世界的な関心の高まりに加え、企業に環境問題や労働問題が生じた場合、スマートフォンやSNSが普及している現代では、その情報は容易に世界に拡散し不買運動等が展開される可能性も考えられます。また、SDGsが掲げる目標を経営戦略に組み込むことで、持続的に企業価値が向上するという考え方が浸透してきた結果とも言えます。
 次回以降で企業とSDGsの関係で想定される地球温暖化(GHG/温室効果ガスの排出)、人権と労働問題等について解説していきます。

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