経営に効く内部統制 第9回

アドバイザリー部 パートナー 本田 健生(三優ジャーナル2022年6月号)

はじめに
2008年より内部統制報告制度(通称:J-SOX)が導入され、10年以上が経過しました。本連載では内部統制について、事案に基づきその本来的な役割や経営・管理への役立ちについて考えていきたいと思います。

今回のテーマ
 今回のテーマは「買掛金の支払管理」です。買掛金の支払管理は売掛金の入金消込と同様に重要な内部統制の一つです。
 買掛金と売掛金はともに取引先に対する債権債務という点で共通しますが、一般的に売掛金は得意先に対する債権であることから、債権者は得意先に対して営業上は力関係が弱い立場にある傾向にあります。一方、買掛金は仕入先に対して負っている債務であり、債務者は仕入先に対して営業上は力関係が強い立場にある傾向にあります。
 このような営業上の力関係の相違は債権債務の管理業務の煩雑性にも影響を及ぼしています。例えば、売掛金の入金消込は、得意先ごとに異なる入金サイトに合わせて自社請求額と得意先が発行する支払明細との突合せを行う必要があります。支払明細のフォーマットは様々であり、入金消込が自動化されていない場合には経験豊富な熟練した担当者が、入金明細の細目の行間を読みながら消し込み作業を行っているケースもあります。また請求済未入金金額については得意先様のご機嫌を損ねないよう内容の確認を行う必要があります。一方、買掛金の支払においては、支払予定金額と仕入れ先からの請求金額の照合を行い、差異金額について内容の確認を行う会社もありますが、支払予定金額と請求金額を比較して支払予定金額の方が少額の場合には支払予定金額を振り込み、差異の検証を行わない会社も存在します。
 このように買掛金の支払管理は、売掛金の内部統制と比較した場合、複雑性や難易度が低いイメージがありますが、会社経営上は現金支出を伴う行為であることから、依然として重要な管理行為といえます。今回も事例に即して内部統制を考察していきたいと思います。

事案
 A社は紳士服及び婦人服の販売を行う小売業です。日本全国に複数店舗を設け衣料品の販売を行っています。
 A社では性別や年齢層に応じた複数のブランドを展開しており、ブランドごとに店舗を設置・運営して商品を販売しています。商品はA社の購買部が、その年のトレンド等を加味して企画やデザインをしますが、製造は外部の業者に委託しています。企画内容やデザインを外注先と協議し、必要に応じて生地等の原材料の支給を行うなどして、外注先に商品を製造してもらい、A社はその商品を仕入れ、店舗を通じて販売しています。
 ビジネス/フォーマルウェアを中心に堅調な業績をおさめ、過去既に上場を果たしていますが、ここ数年、A社は在宅勤務の増加を意識したホームウェアがヒットし、さらに業績を伸ばしています。A社は事業規模の拡大に伴い、内部監査室も人員を増員し、充実した統制環境の構築を目指すこととしました。
 内部監査室増員施策の一環で、他社から転職してきたF氏は、希望通り内部監査室の所属となり、内部監査業務に従事することとなりました。転職間もないF氏に割り当てられた内部監査業務は、買掛金の支払業務です。F氏は前職においてはA社と同様の衣料小売業界で総務経理業務に従事しており、内部監査業務は未経験ではあるものの、業界慣習や業務プロセスに関しては理解していました。そのため、特段の不安要素もなく、早々と業務に着手することとなりました。
 F氏は経理担当者に対してインタビューを行い、必要な取引サンプルの検証を行いました。過去の内部監査調書を参考に、滞りなく業務を進めて、特段大きな問題もなく業務は完了に向かっていました。しかしF氏はA社の支払処理に疑問を感じました。それは、A社では外注先への支払に当たって、仕入代金の全額を支払うのではなく、一部金額を留保して支払いを行っていた点です。
 振込は、一部金額留保後の丸めた数字が行われており、どのような根拠で支払っているのか、F氏には皆目見当がつきません。そこで直接購買担当者に尋ねることにしました。

支払留保の目的
 購買担当者によると、製造委託した商品については、仕入の段階で品質面の問題から返品をしたり、若しくは販売後お客様からの指摘により返品を受け、当該返品商品を外注先へ返品する場合があります。返品に際し、外注先は比較的零細の企業も多く、返品対価の担保を取るためにも支払の一部を留保しているとのことでした。具体的には仕入先の取引実績にもよりますが、債務金額の10%から30%を目安に支払を留保し、残額の支払を行っています。
 このような支払留保の実務慣行はA社では他の外注先に対しても、過去何年も前から行っているという、若干嫌味を含んだ説明をF氏は購買担当者より受けました。

F氏の疑問
 購買担当者の説明には一見合理的にも思えましたが、F氏は1点腑に落ちない点がありました。それは「支払先はどのようにして入金消込をしているのか」という点でした。A社の外注先に対する支払いが一部留保され、丸められた数字で支払いが行われているということは、A社が外注先に提出する支払明細上、どの仕入商品に対して支払いを行っているかが明確となっていないはずです。そのため外注先は売上の入金消込ができていないのではないかと想像しました。もし外注先でも入金消込ができない状況であれば、A社と外注先の債権債務の債権債務総額で差異が生じた場合、どの商品で差が生じているか検証することが両社にとって難しいのではないかと想像したのです。

買掛金支払の業務フロー
 そこで、F氏は、どのような請求書をA社が受領し、どのように支払照合を実施しているか、あらためて確認することとしました。その結果、意外な事実が判明しました。
 本来、A社は外注先より請求書を受領した場合、請求金額を自社の仕入実績データと照合をして金額の一致を確認し、差異が生じている場合には差異内容を確認した上で支払管理が行われるべきです。しかしながら実際上は、請求書と自社の仕入実績データの照合は行われておらず、またA社が外注先より受領している請求書は、ほぼA社が外注先に指示して作成させているものでした。
 具体的には、A社では納品実績に基づき買掛金明細を外注先に送付し、外注先は当該買掛金明細に基づきA社の定めた請求書フォームで請求書の発行を行っていました。A社では受領した請求書を基に一部の金額を留保し、支払を行いますが、外注先に対して支払明細は作成されません。一方、当月に支払留保した金額については外注先の翌月の請求書上、「前期繰越残高」に加算されることとなっていました。

内部統制のデザイン
 当該業務フローに基づくとF氏の懸念の通り、仮にA社と外注先で債権債務残高に相違が生じていた場合、具体的にどの取引で差が生じているのか検証することが難しくなります。これについて、購買担当者及びA社経理担当者に確認したところ、彼らの主張は下記2点に基づき問題ないということでした。
①毎月買掛金明細を外注先に送付しており、A社の仕入内容は先方と共有している。事実認識に相違がある場合には、外注先から連絡があるはずであり、買掛金明細に基づき確認を行っている。
②現状、どの取引先についても債権債務残高に差異は生じていない。
 買掛金の支払照合をどのような手順で実施するかは法律で定められるものではなく、各社が費用対効果を勘案しながらデザインするものです。A社と外注先は従来からこの方法で管理を行っており、F氏としては違和感を感じつつも、問題なしという結論で内部監査業務を纏めることとなりました。

仕入先の倒産
 外注先の1社であるG社が業務不振で倒産する知らせを受けたのは、F氏が内部監査手続を実施した約1年後でした。すでにA社とG社との取引はほぼなくなっていましたが、A社の帳簿上支払留保金額が依然として帳簿上計上されていました。
 数か月後、G社の破産管財人からの請求を受け、A社は支払留保金額の支払を行うこととなりました。しかしながらここで問題が発覚しました。帳簿上の支払留保金額と管財人より請求を受けた金額には大きく乖離が生じていたのです。A社としては、G社が発行している請求書を根拠に支払留保金額の正当性を主張しましたが、G社は納品した商品があるにもかかわらずA社発行の買掛金明細に記載されなかった点、また請求書についてはA社購買担当者からの指示で記載しており、請求書自体が正当なものではないという主張をしてきました。

調査結果
 A社とG社は過去10年以上継続して取引関係があり、各月のG社出荷明細とA社の検収明細を突き合わせ、差異内容を検証することは容易ではありません。支払金額はG社の主張金額とA社と帳簿金額とでは大きく乖離がありましたが、調査に要するコストや自社の正当性を主張するための資料の準備等の手間や時間を総合的に勘案し、G社の主張を受け入れることにしました。

考察
 A社の買掛金の支払照合や支払留保は一見合理的なようにも思えますが、結局は購買側という強い立場を利用し、買掛金明細を仕入先に送りつけ、仕入金額の照合を仕入先に任せていた状況であると評価できそうです。「仕入内容に相違があれば先方から連絡があるはず」というのは内部統制ではなく、もはや外部統制といえるのではないでしょうか。
 買掛金の支払に当たって請求書と照合する行為は、単に会社として支払金額を承認するプロセスではなく、買掛金計上額の基礎となる仕入金額に誤りがないか支払前に確認をする点にあります。とりわけ週次や月次で棚卸が行われていない場合、買掛金の支払照合によって仕入の計上漏れや二重計上等を検出することが可能となります。帳簿と現物、取引先の帳簿と自社の帳簿を照合して、記帳の正確性を担保することが健全な経営につながるといえそうです。

顛末
 その後、A社内の内部通報によりA社購買担当者の不正が判明しました。購買担当者はG社からの仕入商品の一部を外注先からの無償の試用品扱いとして仕入計上せず、当該商品を横流ししていたのです。G社としては売上ですが、A社では無償であることから仕入が計上されず、結果的に両社認識金額の差異原因となっていたものと思われます。そして、支払留保金額の存在が、両社の残高合計金額の照合や計上金額の照合を結果的に無効化していたものと推察されます。
 またG社のみならず、A社が多くの外注先に対して行っている支払留保は、実は下請法に抵触することが判明し、公正取引委員会より勧告を受けることとなりました。当該勧告は大きく報道も行われ、結果的にA社の評判を下げることとなってしまいました。
 後日F氏は知ることとなるのですが、A社は過去上場前に店舗急拡大から資金繰りが悪化した時期がありました。支払留保はその時代の資金繰り改善手段として行われていた悪しき慣習であり、そのような慣習が長年引き継がれていた側面もあったようです。
 いずれにしても買掛金の照合フロー自体に法規制等はありませんが、特定の業法や下請法のような関連法規の遵守も会社経営上は重要といえそうです。